こんばんは
こちら、夕方ものすごい雨とともに大きな雷が鳴り、
ひょうも降りました。びっくりしました。
大粒の雨かと思ったら(それまでも嵐のような雨だったので)、
カーポートの上に氷がたくさん・・・・・・その15分後にはカラッと太陽が見えてきて、
本当にへんな天気でした。
雨雲レーダーを見て予測をしていたので慌てて洗濯物を取り込んで
ギリギリセーフでしたが、何だか怖いぐらいの雨と雷でした。
近所に落ちたようです。
最近、たくさんのかたがお部屋の掃除をしたり、いらないものを捨てたりして、
それをブログにアップされているのをよく見ます。
私もその1人なのですが、皆さんそれぞれ片づけるきっかけが違うようで、それも面白いです。
私が最初に片づけよう、捨てよう、と思ったきっかけは、昨年の6月にも書いた通り、
部屋にものがいっぱいなのに、その部屋にまた数百キロに荷物を入れようとしたから、
なのですが、 今思うととても不思議です。
いくら荷物が多くて、困っていたからといっても、何十年も捨てられなくて片づけられなくて、
それでも何とも思わなかった私が、どうして捨てるようになったのか。
どうしたら荷物の三分の二を処分する気になったのか、自分でも不思議に思います。
韓国で荷造りをしながら、この荷物を日本に送った後、どうなるのか、考えていました。
荷造りをして、それを受け取って、また片づけるのも全部私がすること。
韓国生活は二回目でしたから、過去にも同じような経験をしていたので、
また、あの作業があるんだなぁ・・・・・・と考えながら荷造りをしていました。
二回目の今回は荷物がかなり多く、一回目とは比べ物になりませんでした。
送るにも、お金がかかります。
私は大事なものはEMSで送り、それ以外のものはすべて船便で送りました。
韓国は航空便とEMSがほとんど同じお値段なので、EMSを利用したほうがお得で便利です。
話を戻します。
送り賃を考えると、段々と、
お金をかけて送るほどの価値があるのかしら?
と、改めて洋服やカバン、持ち物全体を見渡すようになりました。
自分の物だから、まだ使えるから、というだけの考えで、段ボールにどんどん詰めていましたが、
これを送るにもまたお金がかかります。
日本から送るより安いと言っても、20個も送れば大きな金額になってきます。
必要、あるのかしら?
私が最初に考えたのは、送るほどの価値があるのかな?でした。
そこから、何となく良い思い出ではないもの、
そういえば韓国で履きつぶして捨てようと思っていた靴、
毛玉だらけの洋服、
これ、送っても来年着るかな?みっともないかな?
と思う洋服はすべて処分していきました。
送り賃がもっと安かったら、捨てていなかったかもしれません。
適度な価格があったために、私は捨てるという作業に踏み切り始めました。
洋服、靴は意外とあっさり捨てられました。
最初に捨てた時、誰かが拾ってくれたような形跡があったからかもしれません。
韓国には洋服を捨てる専用の捨て場所があるのですが、
私は学生用のワンルームに住んでおり、管理人兼大家さんのおじさんが、
私がやっておくから、ここに出しておいて。
と言ってくれて、いつもきれいにしてくれていました。
私が洋服を捨てたのは、ちょっと恥ずかしかったので、夜。
誰も見ていないな、ということを確認して、捨てました。
一度では持っていけなかったので、往復したのですが、二回目に行くと、もう、無いのです。
あれ?捨てたよね?私?捨てたよね?
と心の中で確認しましたが、捨てたに決まっています。
資源ごみとして価値があるから、誰かが持って行ったのだということを数分後に悟りました。
それから、私の捨て作業はどんどんはかどりました。
もともと大した洋服はもっていなかったことと、冬服の内容の薄さに驚き、
ちょうど買い足したところでもあったので、古い物はどんどん処分していきました。
そのせいで今でも、冬服は新しい物がほとんどです。
それでも、あの
汚いサンダルのように、持って帰って来たものもありました。
(あのサンダルは韓国製ではありません。ベトナムのものです)
まだまだ、この時点では捨ての第一歩でした。
その後、帰国日が近づくにつれて、本格的に日本に戻った後の事を考えるようになります。
この荷物・・・・・・私が片づけるのよね。
考えるだけで嫌でした。
詰めるのは必至です。部屋を出て行かなくてはいけないという、いえ、
もっと言うと、ビザが切れる、という期限付きですから、
必死でやるのですが、日本に戻るとなかなか思うように片付かないのが今までのパターンです。
しかし、卒業論文を残した状態でまだ卒業をしていないので、
本等、資料を後輩にあげることも出来ません。
持って帰らないと、自宅で勉強が出来ません。
紙は重たいので、送料も送る作業も大変です。
すべて持って帰らないといけないのに、です。
そうすると、おのずと優先順位が決まります。
当時、私はけがをしており、体調が悪くその原因は不明なままでした。
ですから、帰国してもすぐには卒業に向けて動き出せない、
ということもどこかで分かっていましたから、
資料、本は当分の間一番大事なものになるだろう、ということを、予想していました。
そこで、いろいろ、勝手に頭の中でグルグルと考えるようになりました。
数日間、考えていたと思います。
そこで、私の頭の中にある持ち物のリストを思い出した時に、
優先順位の低~いものがいくつか思い当りました。
10代のころ、夢中になっていたアイドルのもの。物置に押し込んでいます。
ビデオテープであったり、いろいろ。
当時は、大人になって、老後になって、これを見る。
と思っていましたが、40代になった今、
見る?私、あのビデオ見るかしら?
と自分に問いかけました。
数日間考えて、絶対に見ない、と決断、決心しました。
この時、何のメモもしませんでしたが、私の中で、捨てリストが出来上がっていきました。
アイドルのものを捨てて、空いたところへ次の一人暮らしのための道具を入れる。
そう決めました。
韓国で使っていた台所用具などは先輩にもらってもらったり、
買い取ってもらったりしたのですが、
どうしても気に入って持って帰って来たものや、頂き物などが少しありました。
そういう物たちを 次の一人暮らしのための道具 と呼んで、ひとまとめにしておこう、
次の一人暮らしの話も計画も、当時はあったので、捨てずに持っていました。
今でも、持っています。
こうして、帰国日を迎えました。
帰国日もものすごい荷物で韓国を出ました。
日本に戻って本格的な治療が始まった後、家族から、
こんな体調で、よく一人で、あれだけの荷物を持って帰って来れたわね。
と言われるほど、大量の荷物を持って帰国しました。
スーツケース1つと、手荷物1つ、そして貴重品を入れたカバン。
私にしては少ない方です。
二年も暮らしていたんだから、こんなもんだろう、と思っていましたが、
他の人から見ると違うようです。
以前、最初の韓国生活を終えて帰国するときは手荷物が7個もあり、
飛行機内の通路でつっかえていたら、後ろから韓国のおばさんが押してくれたほどでした(苦笑)
私は物が多く、いつもたくさんの物をもって移動し、物だらけの部屋でも平気で過ごしてきた、
そんな人生でした。
帰国後、私が送った荷物がどんどん届きます。
見るのが嫌になります。
しかも、体調が悪く片づけが出来ません。
積み上げられる段ボールの山・・・・・・。
母の機嫌がどんどん悪くなります。
私も若干焦りだし、自室に段ボールを積み上げました。
結果、入口から部屋に入れないほどの段ボール部屋になりました。
元々物が多い部屋ですから、段ボール特大を10個以上積み上げたら、
もう窓には近づけません。クローゼットも開きません。
体調が悪いせいでベットでの寝起きが出来なかったことが幸いし、
一階の和室で寝起きしていたため、帰国後2か月ほどは何もせずに暮らしていました。
本格的な治療の末、帰国後4か月ほど経った頃から、少しずつ片づけを始めました。
段ボールを開いてみると・・・・・・くだらない物も結構出てきます。
こんなもの、送る必要があったかしら?
と思うようなものも、たくさん出てきました。
今すぐに捨てたら、家族に、
何をしてるのよ、送り賃がもったいないわ。
と言われそうだったので、捨てずに少し様子を見てから、コソコソ捨てました。
段ボールを空にするのはそう大変ではありませんでしたが、
段ボールの中身を選別するのは苦労しました。
まず、選別したのが、一人暮らしの道具、です。
一つの段ボールにまとめ、隙間すべてをぴっちりテープで頑丈に覆って、
自宅の物置の大掃除に取り掛かりました。
自宅の物置にあるものを全て出し、アイドルの物をすべて処分しました。
この時、妹は驚いたと言います。
今まで絶対に捨てなかったものを、一気にバンバン捨てていく私を見て、
お姉ちゃん、今回は本気かも。
と思ったそうです。
このアイドルのものたちの処分はかなりの時間がかかり、
三日ほどかかってやっと分別を終えました。
物置にはかなりの隙間ができ、家族もそれぞれ入れてあったものを見直し、
物置の中も大掃除をして、物を元に戻し、私も一人暮らし道具を入れて、終了しました。
この作業を終えてから、私の中で何かが変わりました。
韓国で見てもいない目の前にない状態で想像していた片づけがすべて出来た事で、
片づけられる、捨てられる。
という自信と、
捨てても大丈夫。
という気持ちになれたようです。
そこからは、韓国で最初に捨てる決心をしたときと同じように、
これから先の人生に必要かどうか。
(アイドルのビデオ、これから先の人生、見るか、見ないか、と考えた時と同じように)
考えてみてから、いらない、使わない、必要ない、と思ったものを、
どんどんと処分していくことになり、
この、考える作業が、自分を見つめなおしたり、人生を振り返ったり、
そんな時間にもなるんだ、ということを知りました。
昨年の8月31日で一度区切りをつけたものの、
いまだに私の生活がほとんど変化していないので、変化したら捨てようと思っていたものたちは、
まだ捨てられず、ちょっとストレスになっている部分もあります。
本来なら、もっと捨てられているはず、もう家を出ているはずだったのですが、
思ったよりも治療が長引いたこと、母の入院などが重なり、こうなりました。
今後、どうなるのかまだ未定ではありますが、
卒論が終わったら、部屋はこうしよう。
とか、
家を出る時は、これはこうしよう。
という計画だけは勝手に頭の中で作っています。
今回の計画もきっと、上手くいくと思います。
最初がこれでうまく行ったんですから(笑)
まだまだ、理想の部屋ではありません。
だからこれからも片づけを続けていきます。
その間、どこに行っても、このブログも続くと思います。
よろしかったらお付き合いください。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
のん